会長挨拶

衣笠隆幸

日本精神分析的精神医学会は、精神医学の臨床における精神分析的および力動的精神療法の実践と治療技法や理論の発展をめざしています。基本的には、それは精神分析によって解明された様々な心の無意識的動機や葛藤の特徴の理解を、一般の精神医学の臨床の場において適用することから成り立っています。それは神経症や各種パーソナリティ障害などを対象にした、週1,2回の精神分析的精神療法や分析的グループ療法を中心にしていますが、さらに児童、思春期などライフサイクルの視点が必要とするものや、さまざまな心の傷を負った人たちの援助の方法など、より固有の問題を持った症例の個別的な対応まで視野に入れたものです。

現在の日本においては、そのような臨床に対して、精神分析的精神療法のような組織的な研修を受け、臨床技術を習得する場が非常に限られています。本学会の目的の一つは、日々臨床に携わっておられる臨床家や学会参加者の方々にとともに、実際の精神分析的精神療法の対象となる症例や、力動的視点を考慮した臨床的アプローチなどの詳しい検討をすることによって、臨床の詳細なダイナミクスについて考えていただく機会を提供するものです。

近年日本が先進国に仲間入りし近代都市文明が発展するにつれて、精神科クリニックや総合病院精神科などを多くの非精神病的な患者群が受診するようになりました。それらは、それまで主流だった統合失調症を中心にした精神障害者の患者群に加えて受診し始めたため、精神科臨床の対象となる患者群が倍増しているのです。それらの非精神病的な患者群の中には、ライフサイクルの視点や発達論的な視点、心の無意識的動機や葛藤を視点に入れたアプローチが必要な患者群が多く存在し、精神分析的精神療法を中心にした対応が重要な臨床技法になります。その治療法として代表的なものが、精神分析的個人精神療法、分析的グループ療法、集団のダイナミクスの理解(デイケアや病棟などのダイナミクスの理解に有用です)であり、それらの治療技法の習得は、現代の精神科医に必須のものということができるでしょう。

周知のように、英、仏などヨーロッパ諸国、オセアニア、カナダにおいては、精神分析的精神療法は精神科医の初期研修において必須となっており、すべての精神科医は基本的素養として精神療法の基礎的な教育をうけています。そして多くの精神分析家や精神療法家が精神療法的臨床実践をしており、国の医療保険の下で積極的な組織的支援を受けているのです。米国においては、マネッジドケアなどのために医療そのものが全体的に膠着状態になっており、精神分析療法もその影響を強く受けていますが、臨床の基本的視点としては重要な役割を担っています。

日本の精神科臨床においては、国民医療保険制度における制約が非常に大きくのしかかっており、精神科医の生命線である診察のための時間構造を十分確保できない中で、非常に多忙な精神家臨床活動を強いられている現実があります。そのような状況では、上記のような非精神病的な患者群について、一人一人の患者の固有の歴史や無意識的葛藤の問題などを考察していくことは非常に困難です。しかし、臨床の現場では、精神科医として個々の患者の丁寧なアプローチが必要とされている時代が到来しているのです。そのような時代に対応するための基本的な理論的知見と臨床技法を提供する精神分析的精神療法の普及と発展をめざして、この学会が一つの礎となることを目標にしています。

多くの精神科医、心療内科医などの参加をお待ちしております。